なぜスピーカーを軽々しく使ってはいけないのか

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なぜスピーカーの設置・使用には慎重になるべきなのでしょうか。それは簡単で、大きな音はさらに大きな音を呼び込むからです。

路上でスピーカーで大音量のBGMを流すと、人々がそれに負けじと大声で会話するようになります。そして、それに負けないようスピーカーの音量がさらに上がります。別の店舗などがさらにラジカセを設置し、音量を上げます。他の店も対抗してマイクで宣伝を始めます。街頭ビジョンが設置されます。人々がさらに大声で喋らなくてはならなくなります。こうして、全体の音量がどこまでも上がり続けます。これが今の日本、特に首都圏の街において起こっていることです。スピーカーをひとつ設置すると、その空間の実際の音量はそれ以上に上がります。

このスパイラルを止めるにはどうすればいいのでしょうか。それはスピーカー音声を止めることです。

単に「うるさい」「うるさくない」といった問題ではない

スピーカー騒音問題についてのよくある誤解は、騒音は我慢すればいいという考え方です。実際、街がうるさい、駅がうるさいなどと訴える人に対して、「神経質ではないか」「騒音過敏症では」「そんなことでは都会では暮らしていけない」などと言う人は少なくありません。

ですが、実は人が聞くことのできる音には医学的な上限があります。85デシベルを超える音環境においては、騒音性難聴その他の健康被害が生じるという明確なエビデンスがあります。実際に、労働安全衛生規則によって、85デシベルを超える職場においては防音具の装着が義務付けられているほどです。

この医学上の限界について「うるさい」「うるさくない」といった個々人の主観や感受性は関係ありません。うるさくないと思っていても難聴になるのです。そして、心の持ちようの問題だからと見過ごしている間に新しいスピーカーが設置され、音が増え続けます。最終的にすべての人の限界ラインを超えるまで。

WHO/Europe - Noise(世界保健機関ヨーロッパ)

"Noise is an underestimated threat that can cause a number of short- and long-term health problems, such as for example sleep disturbance, cardiovascular effects, poorer work and school performance, hearing impairment, etc."
「騒音は、睡眠障害、心臓血管系への影響、労働・学習のパフォーマンス低下、聴覚障害その他の多数の短期的長期的な健康問題を引き起こす過小評価されている脅威である」

最近は若い難聴者が増加しており、ミュージシャンなどが次々と難聴になっている話も耳にするかと思います。WHOも、環境騒音のガイドラインを公開しているほか、大音量のヘッドホンの音で難聴になると警告しています。

日本の状況を見てみますと、特に首都圏において、近年、公共空間で多数のスピーカーが使用されていることで、ヘッドホンの音楽以前に、駅や繁華街といった日常の生活環境がすでに医学上の安全基準を突破してしまっていることが多々あるようです。とりわけ渋谷、新宿等の駅周辺地域では、大量の街頭ビジョンや宣伝スピーカーが使用されており、測定すると、常時90デシベルを超えるほどの音環境になっています。WHOの基準を参照しますと、91デシベルでの曝露時間は2時間までとなっています。駅前で待ち合わせをする人も多いかと思いますが、ただの街角が安全基準上何時間も留まることのできない場所になっており、それが特に注目も対処もされないというのは、まったくおかしいと言うほかないのではないでしょうか。

医療QQ - 「騒音性難聴」ご用心 「耳にも休息を」 職場、生活の場で酷使

「最近は『生活騒音』による耳の酷使が増えているのです」。国際医療福祉大病院(栃木県那須塩原市)耳鼻咽喉科部長の中川雅文教授はそう指摘する。工場などのうるさい職場で働く人たちの健康被害を防ぐために、日本産業衛生学会は「85デシベルで8時間」などとする許容基準を勧告。国のガイドラインでは騒音職場に対策を求めている。

 一方でこうした情報は「市民が個人で身を守るための知識としては発信されていない」と中川教授。ヘッドホンを使わない人でも、実は騒音と「無縁」とは言えないという。

「超高齢社会の中で、街中のいろいろなアナウンス音の音圧レベルが高くなるといったことも起きている」

そもそもスピーカーが発明されたのは20世紀の始めで、以後、技術の進歩にともなって生活空間にスピーカーの音声が一貫して増え続けています。特に1980年代以降は、音源の制作・収録機器や再生機器の発達により顕著に増加しています。大げさに聞こえるかもしれませんが、私たちがこれほどたくさんの大音量の音にさらされるのは人類史上初めてのことであり、数十年後に何が起きるか分からないという状況にまで差し掛かっているのではないかと思います。実際に、米国では、若い世代の難聴者が親世代や祖父母世代の2.5倍に増えており、2050年には5000万人が難聴になるという推計もあるようです(Health effects from noise - Wikipedia)。難聴者があまりにも増えすぎた社会が果たして正常に機能するでしょうか。

「商業宣伝等の拡声機放送に係る騒音の規制等対策について」(環境省)

近年の高性能機器の開発普及に伴い、拡声機が商業宣伝等に手軽に使用されるようになってきており、それに伴って拡声機騒音問題が生じてきている。

また、首都圏の駅では、すでに安全基準を超えるほどの大音量でアナウンスを流しているにも関わらず、主に年配の方々から、まだ聞こえにくいという苦情があるようです。上の記事でも「超高齢社会の中で、街中のいろいろなアナウンス音の音圧レベルが高くなるといったことも起きている」と指摘されていますが、高齢化により難聴者が増える→公共空間のスピーカーの音量が上がる→難聴者がさらに増える→スピーカーの音量がさらに上がる、という非常にまずい事態が進行している可能性があります。

この悪循環は止めなければならないと思います。まずは、自分が普段どれくらいの音を聞いているかを知ることだと思います。最近は騒音計がAmazonなどで手軽に購入できるほか、(正確性は保証されませんが)スマートフォンに簡易的にデシベル値を計測できるアプリがいろいろあります。実際に音量を測定してみてください。

どうするか

とにかくスピーカーはこれ以上増やせないのだという認識の共有が必要だと思います。特に、騒音増加のスパイラルを形成する公共空間のBGMや宣伝音声、アナウンス等については、特に重要なものを除いて、音量を下げるか、放送を短くするか、あるいはすっぱりと止めてしまうべきではないかと思います。もしこれを読んでいる方がスピーカーの管理者やそれに近い立場の方、スピーカーのボリュームを操作できる方でしたら、実行をお願いしたく思います

また、音量過剰と思われるスピーカー音声については、当事者にその旨を伝えるか、屋外の商業宣伝については環境確保条例(東京都)等の公害関連条例に基いてきちんと取り締まるよう行政に求め、同時に、新しいスピーカーが安易に設置されないよう警戒するべきではないかと思います。特に、近年各地に急増している街頭ビジョンは、放送することでお金が入ってくるため、住民の苦情はもとより、行政指導にもなかなか従わないことが多いようです。悪質です(街頭ビジョンについてはページを改めて詳しく触れる予定ですが、ほぼすべての街頭ビジョンが現行の公害条例の多数の規定に違反しているとだけ先に言っておきます)。

さらに、一般に諸外国では日本ほど公共空間でスピーカーが使われておらず、特に屋外の商業宣伝については行政や警察の許可が必要なところや、そもそも法的に全面禁止というところも多くあります。よく誤解されているのですが、これは欧米先進国に限った話ではありません。環境省や地方議会に、規制の強化を求めていくということも必要かと思います。参考資料として、環境省の報告書から「諸外国における拡声機放送に係る騒音に関する規制の状況」を抜粋します。

ワシントン 強制手段に訴えることなく、法令は遵守されている。
ニューヨーク 法制定当初(1972)には、商店、レコード店、映画館等からの反発が強かったが、現在は本制度が十分定着している(拡声機を使用している場面は見られない)。
ロサンゼルス (…)市条例に違反して使用すれば逮捕は可能。罰則が厳しいので、通常警告のみで取締まることが可能。
モントリオール 拡声機の使用はほとんどない。
ロンドン 拡声機に関する苦情はほとんどない。
パリ 1965年内務大臣通牒で、「広場等で行われる宣伝放送は特に問題、ライバル意識から音量を高め、けんかに至ることもある・・・」
拡声機の使用例は極めて少ない。特に車両に拡声機を設置して使用する例は皆無である。
ミュンヘン 車両に搭載した拡声機による政治宣伝や商業宣伝はほとんどない。
ボン 年間200~300件、許可されている。
許可対象:商店の広告(新改築の一日のみ、慣例)
使用場所の近辺においてのみ聴取可能な音量
音楽は使用禁止
警察又は秩序行政担当官庁の指示に従う
ウィーン 公共空間で使用する場合、市町村長の許可を要す。
市町村が個別に審査 使用条件を定めて許可
シンガポール 拡声機による宣伝等はほとんど見られない。

特にボンやウィーンの項目を見ると驚くのではないでしょうか。テレビなどに映る諸外国の落ちついた街の風景は、こうした規制の上に成り立っています。日本でも、札幌市などは商業宣伝に届け出が必要となっており、自治体単位で規制を強化することは不可能ではないと思います。

バリアフリーとの兼ね合いについて

なお、こうした主張をしていると、視覚障害者のことを考えていないのかという意見があります。バリアフリー音声を設置すると苦情が来るというものです。が、言わせていただくならば、バリアフリー音声といえども、無制限にスピーカーを使い放題、音を鳴らし放題ということにはならないでしょう。音を出す以上は、設置を必要最小限にする、音量や放送内容を控えめにする、指向性スピーカーを使うといった騒音低減の工夫が当然求められるのではないでしょうか。以下の環境省の報告書の通りです。

「商業宣伝等の拡声機放送に係る騒音の規制等対策について」(環境省)

(1) 拡声機放送を行う者の責務

拡声機放送に係る騒音に関する対策の考え方としては、まず第一に、何人も拡声機放送を行うことにより周辺の静穏を害することのないよう努めるべきであり、すべて拡声機放送を行う者及び拡声機放送を行わせる者には静穏を害さないよう努めるべき責務があるとの考え方を前提とする必要がある。

拡声機放送を行うことにより発生する害は、聞く側にとっては拒みようがなく、放送を行う者の一存により音環境が支配される。したがって、規制されるか否かにかかわらず、拡声機放送を行う側の自覚により、拡声機放送は必要な場合にのみ行い、その場合には騒音とならないよう適切な方法で行わなければならないと考えられる。

また、バリアフリー音声を鳴らすためのキャパシティを確保するために、他の不必要な音を止めるという考え方も必要なのではないかと思います。日本音響学会の学会誌の記事に以下のような記述があります。

「音バリアフリーの現状と課題」(日本音響学会)

障害の重い視覚障害者は街をもっと静かにして環境音も含めたより多くの音が聞こえ易い環境、つまり情報のSN比が大きい環境を作って欲しいと望んでいること、視覚障害者にとって良い音環境が健常者にとっても良い音環境であることが重要だと捉える視覚障害者が多いことを示した。

筆者の体験談を話しますと、よく出かけていた関西のとある駅前の階段が、バリアフリー化工事でエスカレーターとエレベーター付きに全面改修されました。それ自体は良いことなのですが、もともとスピーカーが一切なく静かな場所だったところ、

というたくさんのループ音声群が設置され、おなじみのエスカレーターの注意音声までもが加わって昼も夜も一斉に喋り続ける、異様な雰囲気に一変してしまいました。その後たまに行ってみますと、すぐ近くのドラッグストアがテレビモニタで宣伝を流すようになり、美容室が店頭スピーカーの音楽の音量を上げ、複数の飲食店が新しいラジカセを設置し、まさに騒音増加のスパイラルという様相になっています。だからスピーカーの使用には慎重になるべきなのです。最初のトリガーを引いたのはおそらくバリアフリー化工事ですが、生活環境を破壊することがバリアフリーと呼べるのでしょうか。「割れ窓理論」という言葉も思い起こします。スピーカーが安易に使われると、他の人もスピーカーを安易に使い始めます。あとはその連鎖です。第一、こうなっては、視覚障害者が周囲の状況を知るための歩行者の足音や自動車のエンジン音といった環境音が聞こえなくなってしまいます。

そもそも、いくら視覚障害者をサポートするためといえど、街中のすべての設備にこのような調子で音声ガイドをつけていけば、とんでもないことになるのはすぐ分かりそうなものです。「ここは、スーパーです」「ここは、郵便局です」「ここは、喫茶店です」といった音声を一軒一軒すべてにつけますか? さらに「ここは、スーパーの入り口です」などと細分化していけばきりがありません。安易にそのような音声の設置の仕方をしてしまう前に、せめて何らかの基準の検討が必要ではないでしょうか。

技術者として、代案をひとつ提示します。バリアフリー音声の設置以外で視覚障害者をサポートする方法として、街中にビーコンを設置して、情報端末やスマートフォンを使ってイヤホンで案内音声を聞けるようにするといったことが考えられます。そのようなインフラが整備されれば、情報量を大幅に増やすことができ、街の全域で案内を聞くことが可能になり、しかも騒音問題や騒音増加の悪循環を引き起こしません。音声ガイドの設置一辺倒ではなく、そうしたよりスマートな施策の検討が行われることを望みます。

また、一方でアナログな話をするならば、視覚障害者を、機械任せ、音声任せではなく、もっと人が手助けしなければならないのではないかと思います。視覚障害者の手がかりとなる音環境を破壊してしまうということも含めて、とにかく音声を流せばよしとする態度に本当の善意はあるのかということを考えてしまいます。

とにかく、日本の街にこれ以上音を増やすのはもう無理だと思います。たとえ増やすにしても、まず、すでに鳴っているスピーカー音声を減らして整理することから始めたほうがいいのではないでしょうか。

身近にある公共空間のスピーカー騒音をどうにかしたいと思われている方は、「店舗の宣伝や駅のアナウンスがうるさい場合には」もご一読ください。

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